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13.02.22 21世紀の夢 : 人工光合成

 地球規模での気候変動、いわゆる“地球温暖化”に対してどのような対策をとるかについては、先進国と発展途上国の間で主張に大きな違いがあり、また先進国の中でも対策に積極的なEUと、懐疑的な米国との意見の対立も大きく一向に進展しません。しかしながら二酸化炭素(CO2)の排出量が産業活動によって劇的に増加していることは事実ですし、その温室効果は大きいものがあります。実際の気温の上昇、気候変動にどれほどの影響を与えているかを定量的に表現することは難しいですが、この問題に対しては“疑わしきは罰せず”ではなく、科学的な視点から“Fail safe”で臨むべきであろうと思います。福島の原発事故でもそうですが、重大事故、災害をもたらす可能性のある事象に対しては“それが起こっても大丈夫!”という対策をとっておくに越したことはありません。

 21世紀の化学の代表的な課題のひとつとして“Green Sustainable Chemistry”があります。これは、持続可能な社会を実現するために、再生可能資源(バイオマスに注目が集まりがちですが)を用いて、elegantに化学物質を合成する(=CO2排出を減らす)というものです。

 この究極の形として地球快適化インスティテュート(TKI)では人工光合成の実用化を提案してきました。人工光合成の方法論は大きく3種類に分類されます。最も古典的なものがポルフィリン錯体に代表される光合成の活性中心を有機金属化学的に再構成する手法、次に代謝工学的な手法によって植物の生産性を向上させる手法、そして三番目に半導体光触媒によって水を分解する手法であり、H2O ⇒ H2 + 1/2O2 という反応です。私達は、この三番目の手法に着目して“可視光を用いた水分解触媒”という課題を設定し、TKIの設立時から国内外7大学8研究室および三菱化学科学技術研究センター(MCRC)との共同研究を実施し、その発展系として2012年11月に経済産業省の直轄プロジェクト(期間10年間を予定)“人工光合成化学品プロセス(ARPChem:Artificial Photo Synthetic Chemical Process)”がスタートしました。

 光半導体電極による水の分解は、本多・藤島効果として1970年前後に発見・発表されましたが、日本のお家芸的な科学としてその後も精力的に研究され、チタニア触媒による有害化学物質の分解という環境触媒として実用化される一方、水の分解については20世紀末までに紫外光照射下(波長260nmの強い紫外線)では、量子収率50%以上の性能を持つレベルに到達しました。21世紀において太陽光(波長400nm以上の可視光)による水の分解技術が誕生する科学的な基盤が、日本において醸成されていたと言えます。

 2003年に堂免一成・東京工業大学資源化学研究所教授(当時。現東京大学大学院工学研究科化学システム専攻教授)により、GaN-ZnOという光半導体をベースにした粉末触媒を用いて、400nm以上の可視光照射下で、量子収率として3%程度で水が完全分解して2:1の割合で水素と酸素が発生することが報告されました。可視光の吸収に酸窒化物を用いたこと、それ以前の同目的の触媒に比べて二桁以上の活性向上が実現したことは画期的なことで、その後の世界中での研究の方向性に大きな影響を与えています(現在、Domen Catalystと、日本人名のついた触媒となっています)。TKI主催の研究では、堂免教授の国内外のNetworkを活用した研究共同体を作り、世界最先端の研究の発展に寄与してきました。

 昨年末、発展的にスタートしたARPChem-プロジェクトでは最終的に図1に示すように10%のエネルギー変換効率を目指しています。この数値はCO2と水分解によって製造した水素を原料として、エチレン、プロピレン等の化学原料を製造した場合、経済性が成立する目安となるものです。現在の触媒性能は、400~450nmの波長の光を吸収する光半導体によってエネルギー変換効率0.3%程度ですから、光半導体として600nm以上の光を吸収でき、かつ現在の30倍以上の活性に向上させることが必要になります。これはかなり高い目標ですが、なぜ性能が向上しないのか? どういう触媒を作ればよいか? は、ある程度わかってきています。実際そのような触媒を作れるかという合成法、方法論の問題に帰結するところが大きく、ここが研究者の腕の見せ所になります。10年後と言わず出来るだけ早く実現したいと考えています。


図1 光の吸収波長とエネルギー変換効率

 このような人工光合成をどのように産業に取り込むかということは、光触媒の開発と同様に重要な課題です。近年、米国においてはいわゆる“シェールガス革命”によって非在来型の天然ガスのエネルギー、化学原料利用が活発化し、太陽光発電等の再生可能エネルギー振興に急ブレーキがかかっています。一方、EUでは、バイオマス資源の活用はゆっくりではありますが確実に進行しています。今後もさまざまな状況変化が起きることは確かでしょうが、“人工光合成”はエネルギー確保手段の夢であり、究極の解です。ただ、大規模に活用するにはまだまだ時間がかかりますし、答えが見つかったからといってそれを社会が受け入れるインフラが整備されていないと実用化されません。私達は、どのように対応すべきでしょうか? 鍵のひとつは技術の互換性(compatibility)だと思います。化学品の製造を例にすれば、図2に示すように現在の石油、天然ガス等の化石資源、(生産性の向上した)バイオマス資源、人工光合成で得られるソーラー水素と排出CO2のどの原料にも適応し、原料多様化(Diversification)に対応できる互換性のある技術開発が必要です。一定のインフラを構築して、環境負荷のより小さい原料へ転換していくという考え方です。この多様性、互換性の実現には、“革新的な技術”を”大規模に実証する“ことが必要です。日本の現状は“失われた20年”と表現されるとおり、閉塞感が漂っています。“人工光合成”は、日本が革新技術をベースにした世界戦略を発信できる可能性を秘めています。かつてのTKI主催の研究から発展した国家プロジェクトのARPChemは、単に技術開発を目的としたもの以上に、新しい日本のあり方を考える機会を与えるものだと思います。


図2 さまざまな化石資源/再生可能資源からの化学品製造プロセス