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14.06.20 太陽光発電が開く未来社会


    エネルギーは社会の最も重要なコンポーネントであるが、ここでは再生可能エネルギー、とりわけ太陽電池の発電コストが火力発電並みの10円/Kwh1)となったと仮定して、その時に社会にはどの様な変化が訪れるかについて考えてみたい。

    太陽電池の発電コストが10円/kWhとなるためには、例えば、以下の様な事が考えられる。2014年2月22日付日経誌上の宣伝文によれば、とある家電量販店は26.9万円/kWの低価格太陽光発電システムを販売している。日本では標準の3.3kWのシステムであると総額88.8万円である。少し前の300万円などと言う価格からは既に大幅に安くなっている。耐用年数を20年とすると総発電量は、

    3.3kWx24(時間)x365(日)x0.12(稼働率)x20(年)=69,379kWh

である。購入資金88.8万円を金利4%で借り20年で返済すると返済総額は128.9万円であり、発電コストは既に18.5円/kWhとなっている。
    これを基に考えると最も単純には、太陽光発電の変換効率が現在の2倍の40%なった場合、パネルのリサイクルが可能になりコストが1/2以下になった場合、あるいは発電システムの寿命が2倍になった場合、等や、これらの様々な改善、及び複数の改善の組み合わせにより10円/kWhが実現する。必要な電力を太陽電池のみで賄うためには、太陽光発電の発電量の変動の平準化に必須の蓄電池コストの大幅低下も必要と思われるが、既存の揚水発電の利用、スマートグリッド化の進展などの寄与も期待される。


2012年の日本の総発電量は9400億kWhである2)。一方、経産省、環境省、農水省等の試算による太陽光導入ポテンシャルは表ー1の様になる。

表-1
区分 発電容量 (GW) 出典
建物(住宅用、戸建て+集合住宅、側壁含む) 91 エネルギー・環境会議、コスト等検証委員会報告 2011、
34PよりNEDO作成
建物(非住宅用、側壁含む) 158 みずほ情報送検(株)「太陽光発電における市場拡大等
に関する検討」 NEDO 2013
建物以外(耕作地の10%、駐車場、駅、…) 563
合計 812

    この発電容量の推定は太陽光発電の効率15%を前提としているので、例えばこの効率を20%としただけで、太陽光発電の発電容量ポテンシャルは1,083GW、総発電電力量ポテンシャルは1083GWx24(時間)x365(日)x0.12(稼働率)x=11,381億kWhとなり、大幅に2012年の総発電量を上回る。理論的には太陽電池のみによって日本の電力を賄うことは可能となる。日本の人口密度、産業の発達度を鑑みればそれは即ち、世界の電力を太陽電池のみで賄うことが可能となることを意味する。

    以下、Science Fiction風に話を進める。
    2050年、長年努力を続けて来た某化学会社の一研究者の飛躍的発明により太陽電池変換効率40%が一挙に達成され、遂に10円/kWhのコストの太陽電池発電が実現した。ここに、人類は永遠のエネルギー源を手に入れた。一方その頃、地球温暖化は現在の想像をはるかに上回る大問題となり、冬の寒波と夏の猛暑はその度合いを深め、干ばつと洪水が繰り返し世界の各地を襲う様になっていた。


    まずその対策の影響は天然ガス、石炭などを燃焼する火力発電に及んだ。地球温暖化ストップは待ったなしの状況であり、化石資源の燃焼を避けるため、続々と太陽電池が設置され、他方、火力発電所は次々と停止された。また、少し遅れて原子力発電も止められていった。原発は事故時の被害の大きさ、放射性廃棄物の保管が難しいなどの問題がある中で、CO2の発生が少ないこと、コストが安いこと、その他の理由により運転され続けてきたが、同コストレベルの太陽電池の出現によりその存在理由を失った。

    火力発電に並ぶCO2の発生源である内燃機関自動車も安価な太陽光発電の実現と蓄電池性能の向上により、電気自動車に取って代わられる様になった。一回の充電による走行距離はまだ400kmと十分な性能には至っていなかったが、充電設備網の発達と人々の発想の転換によりもはやそれは大きな問題ではなくなっていた。電池は依然、Li電池が主流であったが、南米の数か国に限られていたLi資源の産出もよりLi濃度が薄い鹹湖(かんこ)からの経済的な採取法の実現により資源量の制約がなくなり、独占による高価格化の問題も回避された。電池リサイクル技術の発達も高価格化の回避には大いに役立った。

    これら太陽電池発電と電気自動車化の影響は莫大で、石油、天然ガス、石炭価格の下落は止まるところを知らず、資源国は甚だしく凋落した。特に中東の産油国は、石油収入の激減により国家財政の維持が難しくなり、政治的不安が増大した。しかし、世界はもはや石油依存を脱してしまっており、中東の政治不安が世界的問題に発展することはなく地域の問題に止まった。

    ここに至り、世界から初めてエネルギー資源を持つ国と持たざる国の不平等がなくなった。人間の知恵の結晶である太陽電池により世界に平等がもたらされたと同時に、エネルギーの永続的供給という一つのSustainabilityの課題が解消されたことは人類の進歩という概念に希望を与えるものであろう。

    さて、さらに50年後、2100年、まだまだ洪水と干ばつの繰り返しは続いているが、化石資源の消費量の低下に伴い地球温暖化にはブレーキがかかってきた、太陽電池の特許は疾うに切れて、世界各国、誰でも高効率の太陽電池を作っている。人々は無限にある安価な太陽電池エネルギーに慣れ、浪費を繰り返す様になってきている。資源制約のない中で電気の浪費は許されるのか、やはり‘もったいない’と言うべきか?


    一方、21世紀初頭の日本で始まった少子化問題は今や世界中の問題となっている。教育と衛生意識が普及しより良い生活を求めて競争するようになった結果、子供の数がどんどん減っている。人間はエネルギーに関するSustainabilityの問題は解決したが、今度は自らの種のSustainabilityと言う課題に直面する様になった。

    人類は常に課題を背負って行くべき定めの生き物なのかも知れない。

参考文献
1) エネルギー・環境会議 コスト等検証委員会報告書 (2011)
2) 日経ビジネスOnline(村沢義久)「太陽光発電19円/kWhの衝撃」2012年4月14日


フォトクレジット
1.”Solar Panels” by Living Off Grid (CC BY 2.0)
2.Balancing Sunlight by D Sharon Pruitt (CC BY 2.0)
3.Late afternoon sun by Paul Grinnell (CC BY-NC-SA 2.0)